東大病院循環器内科スタッフドクター

清末有宏 Arihiro Kiyosue


91年東高卒業後、北海道大学理Ⅱ系へ入学し薬学部へ進学。95年卒業および薬剤師免許取得。北大薬学部修士課程への進学が決まっていたが、医師になろうと思い直し、96年東京大学理科3類入学。02年同卒業、医師免許取得。各2年間の臨床研修と病院勤務を経て、06年東大大学院医学系研究科博士課程へ入学し10年同課程修了。11年4月より、東大病院循環器内科スタッフドクター。また、新薬の臨床試験を推進すべく、2009年に東京駅センタービルクリニックを共同設立

スケジュール

朝7時~夜12時 →クリニック(週3日):75%:治験(被験者の治療の他、MRとの面談やカルテの整理を含む)、25%:外来診療 →東大病院(週2日):100%:2~3件の診察]

櫨山太郎 Taro Hazeyama

2003年旭川東高校卒業。一年間の浪人を経て、筑波大学体育専門学群入学。2008年3月大学卒業後すぐ

鈴木 直己 Naoki Suzuki

1977年旭川東高卒。1983年旭川医科大学を卒業し同大附属病院で1年間の小児科臨床研修後、1984

木佐(大場)優葉      Yuha Kisa (Oba)

2003年3月旭川東高校卒業、同年4月に北海道大学医学部医学科入学。2009年3月同校卒業、医師免許

医師を目指したのは、実は薬剤師免許を取得して、修士課程にも合格した後だったんですね。

そもそも北大の理Ⅱ系に進学したのは、化学が好きで。東高で化学を教えていた母親の影響も大きかったと思いますね。その後、教養課程を終えて、専攻を選ぶのですが、免許もとれるしいいなと思って、薬学部へ進学しました。

 

そのまま修士課程を終えると、ラボで新薬の開発に携わる予定でした。でも実は、そういう将来の事を、自分の事として真面目に受け止め始めたのは大学4年生になってから。目の前の試験なんかが全部終わって、いよいよ考えなくてはいけなくなった、という方が正しいかもしれないな(笑)

 

そうして、新薬開発の現場で一生働く自分を初めて具体的に想像したときに、選べるのであれば、もっと直接的に患者さんを助ける実感が得られる医師の方が、自分には向いているんじゃないかと思ったんですね。

 

父親には散々反対されました。少し勉強したくらいで医大に入れると思っているのかとも言われて、悔しかったですよ。

 

ただ、うちは共働きならではのユニークな教育方針をとっていました。スポンサーが必要なときは、両親に対してプレゼンテーションをして、父か母のどちらかが納得してくれればOK。薬学部までは父親がスポンサーだったんですが、プレゼンテーション後にスポンサー契約を切られてしまって(笑)、医学部からは母親がスポンサーになってくれました。

 

東京には、日本人たるもの一度行かねば、という憧れで。村上春樹の小説が好きだったことで、刷り込まれていた可能性もありますね(笑)

もともと、人と触れ合うことが好きな性格だったんでしょうか?

そう、高校時代は、皆と仲良くしないと気が済まないタイプでね。学年で一番知っている人が多かったのは自慢できることですね。人が好きなんですね。今も変わらないです。今思えば医者に向く特性ですね。

余談ですが、高校時代を知る方から、かっこよくて頭が良くて生徒会長で、随分目立っていたと伺いました(笑)

いやあ、そうだったのかなあ(笑)でもそうだとしても、決して最初からそうだったわけではなかったですね。3月生まれなので何をしてもハンデを感じていたし、小学生の頃はスポーツでも勉強でも劣等感を持っていました。負けず嫌いだったから、努力はしたけれどね、そういう努力が実を結んできたのが、高校生になってからだったんでしょうね。

そういう人と触れ合うことが好きという自分の性格に早くから着目して、高校卒業後すぐ医学部へ進んだ方が良かったのではと思うことはありますか?

いえ、そうは思いませんね。年齢や経験を重ねた分だけ、東大医学部に入った時に理解できることも多くあったし、薬学部の頃の知識や人間関係が医師としても役に立っています。治験に着目したクリニックを新設しようと声をかけてくれたのも、薬学部時代の先輩でした。

大学病院とクリニックを兼務することは珍しいのでしょうか?

大学病院で勤務している医師にとっては、他の病院や診療所を兼務することが一般的です。先進国のうち、日本の医師は人口比で最下位から2番目に少なく、大学に医師を縛っておくと、地域の医療がまわらなくなっていくんですね。昔は医局が他の勤務先を決めたものですが、最近では自分で裁量を持つ場合も多くあります。

クリニック新設のお誘いを引き受けたのは、どういう思いからですか?

大学病院と並行してどこで働こうか、どう社会貢献ができるのかを考えた時に、薬学部時代の経験とつながりを活かして仕事ができるといいなと思ったからです。

 

また、前々から、日本の新薬開発に対しては問題意識を持っていて、そこに少しでも貢献できればと思いました。

 

(2011年7月 インタビュアー 高坂 春菜)

 

カテゴリー:医療系専門職

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