三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社

高坂春菜 Haruna Kosaka


03年東高卒業後、筑波大学(心理学主専攻)に入学。カウンセラーになるべく大学院進学を目指していたが、何となく始めた就職活動で、東京・丸の内のきらびやかさに心を奪われ、07年卒業後、日系投資銀行に就職。約3年間、M&Aやファイナンスに浸かった後、3ヶ月間出張したニューヨークで人生観が変わる。帰国後、1年間の米系投資銀行での経験を経て、11年8月から財務部で新たなキャリアをスタート。

スケジュール

8:40出社→9:00メールチェック→9:30資料作成→12:00ランチ→13:00会議・打ち合わせ→17:00資料作成→21:00退社 コメント:投資銀行時代と違い、遅くとも終電までには切り上げます。一方で、関係各所との打ち合わせの時間が増え、業務中は時間に追われる日々。]

大島郁人 Fumito Oshima

2007年に旭川東高校を卒業し、東京大学理科一類に入学。高校生の頃から、社会基盤を支える「素材」に興

田中紀恵 Norie Tanaka

留萌市生まれ。旭川東高校に入学と同時に親元を離れ下宿生活をスタート。高校3年時に理系から文系へ変更を

松木琴未 Kotomi Matsuki

2003年東高入学。その年の8月から旭川市の姉妹都市米国ブルーミントンへ一年間の留学を経験。2007

大学へはいるときに、知っておきたかったこと

「どんな人生にしたい?」

 

いまだに、中学社会の教科書の1ページ目に書いておいた方がいいなと思っています。もしくは、「学校では教えられないことがある。それはあなたの人生だ」とかね。

 

高校や大学というのは、それを考えるための時間なわけですが、当時そういう意識はカケラもありませんでした。高校3年の9月の終わり、マネージャーとして所属していたラグビー部が全道大会の2回戦で敗退した次の週に、担任の先生に一枚の紙を持って行ったことを良く覚えています。

 

『法学、文学、教育学、心理学、社会学、医学(注:文系でした)』

 

真っ先に医学にバツをつけた後、先生は「心理学なんていいんじゃないか」と仰り、私は「じゃあ、そうします」と答えました。

 

「それなら、筑波か、御茶ノ水だな」

「御茶ノ水って女子大ですか」

「うん」

「じゃあ、筑波にします」

 

スランプに陥る暇もなく受験を終え、無事に筑波大学の人間学類に入学することになりました。

 

カウンセラーをやるには世間を知らなすぎる

偶々専攻することにした割に、心理学そのものはなんだかとても好きでした。深く考えることなく、かといって確信があったわけでもなく、当然の流れとして大学院を出てカウンセラー(臨床心理士)になろうと思っていました。一方で、そのまま院へ進学して、世間を良く知らないまま、カウンセラーになって本当にいいのか?という疑問が、ずっと心にひっかかっていたんだと思います。考えるほどに、大学院の受験勉強が手につかなくなっていきました。そんな大学4年の夏にさしかかったある夜、バイト先のコンビニの駐車場で、友人から「就活したら?気分転換になっていいよ」と言われました。そのときは珍しく素直にその言葉を聞いて、バイト後すぐにリクナビを開きましたね。

 

将来の自分が一番想像できない会社に入ろう

そんなわけで私の就職活動はすごく準備不足なままスタートしました。やりたいことやゴールも明確にはなかった。でも、一方で、そんなことは今考えたからと行って都合よく決まるわけでもないしな、という一種の開き直りもありました。だから、とにかく世界を広げることを、第一に考えようと。

 

入社を決めた理由は、内定をもらった会社の中で、最も、入社3年後に自分が何をやっているか想像できない会社だったからです。間違いなく、一学生だった自分には到底想像のつかない、広い世界を見せてくれる会社だという直感もありました。そこでやっていけるだろうという自信があったわけではありません。逆に、他社と比べて、一番自分が活躍できなさそうだと思いました。

 

でも、本当にここがいいと思ったのは、本社がある東京・丸の内の仲通りに初めて足を踏み入れたときの憧れだったかもしれない。ミーハーって悪いことじゃないと、私は今でも思っています。

 

入社してからは、本当に大変でした。投資銀行本部に配属になってからは、会計学の修士号をもつ同期と席を並べ、会社法や会計やValuationやFinanceについての研修を受けたのですが、日本語であるということ以外は、ほとんど何もわかりませんでした。

 

それでも、求められるレベルが高かったのは、成長を実感する上ではとてもいいことだったと思います。深夜や休日まで働くタフな環境でもやっていくことができたのは、優秀な人たちに囲まれ、その中で認められることが面白かったからです。若年時からダイナミックな仕事ができるという入社時の期待は、想像を超える形で実現していきました。

 

出会い、そして枠組みを外すということ

そんな中、3ヶ月という短い期間ながら、ニューヨークで仕事をするチャンスがあり、そこで出会った人達が、私の人生を変えました。まず感じたのは、キャリアやライフスタイルに対する考え方が全く違うということでした。

 

とにかく縛られていないんです。金融という業界や、ニューヨーク(アメリカ)という、「今の自分」に、縛られていない。チャンスがあれば、興味があれば、別業界や違う大陸で働く、ということを、当然ある選択肢の一つとして考えている。実際に、大手金融機関から個人の広告会社をたちあげた人や、フランス・パリからニューヨークへ移住してきたカナダ人と会いました。自分より年若い友人も、スカウトを受けて、ニューヨークのインテリア輸入会社からハワイにある高級コンドミニアムのコンシェルジュへ転職していきました。そして、そういうストーリーが特別な一握りの人たちのものではない、ということに、とても影響を受けました。

 

もう一つは、前向きさとシビアな見方が共存していること。「ニューヨークで働きたい?働けるよ!そのためには、こういうスキルが必要だけどね。」全てがこういう具合です。自分が一番自分に対して先入観を持っていたんだと気づきました。自分にはそんなこと到底無理なんじゃないか?というブレーキは、要らないんだと。

 

業界、場所、自分に対する先入観。それらの枠組みを取り払って、考えられる人生がいいな、と今は思うんです。そして、そういう価値観を共有したいとも。

 

(2011年9月)

 

カテゴリー:会社員

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