フェイシャルエステサロンNHS 代表

北塔久見子 Kumiko Kitazuka


東高卒業後、大阪府立大学へ進学。3回生で心理学から社会学専攻へ転向。在学時に1ヶ月海外でNPOプロジェクトへ参画。卒業後半年間海外で日本語教師として働き、帰国後に大手英会話学校へ入社するもハード・ワークが祟り、パニック障害を患ったことを転機に、美容・健康の世界へ入る。ホーム・エステティシャンの資格を取得し、青山にフェイシャルエステサロンNHSをオープン。次の夢は女性の自立を支援すること。

スケジュール

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三堀大介 Daisuke Mitsubori

1989年東高卒。武蔵野美術大学空間演出デザイン学科卒業後、株式会社パルコプロモーション(現パルコス

井澤克彦 Katsuhiko Izawa

東高卒業後、早稲田大学へ進学。高校時代、有名ラーメン店『山頭火』に足繁く通っていたことが縁で、199

仲山進也 Shinya Nakayama

慶應義塾大学法学部法律学科卒業。シャープ株式会社を経て、1999年に社員約20名の楽天株式会社へ移籍

高校を卒業した後について、教えて下さい。

高校卒業後、1年間浪人した後、大阪府立大へ進学しました。もともと理系でしたが、専攻は心理学。友達の悩み相談を受けることが多かったこともあり、興味のある分野でした。しかし、入学してはじめて知ったのですが、心理学は分野によって全く性格が異なるんですね。大阪府立大の心理コースは、対人療法(カウンセリング)を扱う臨床心理学よりも、より科学的に人間の情報処理機能を研究する認知心理学に強い学校だったのです。

 

それを学び続けることで、世界が狭まっていくように感じ、入学3年目の研究室選択のときに、社会学への転向を決めました。卒業論文は、所属していたNPOで取り組んだ、ネパールでマイクロファイナンスを通じて学校の建設をサポートするプロジェクトについてでした。

ユニークな取り組みをされていたんですね。

「海外」と「ボランティア」にとても興味があったので、個人で援助会員になっていたNPOが主催するボランティアツアーに、通訳兼会計として参加しました。学校でセットされたプログラムではなかったのですが、興味があることは、どんどん切り拓いていく性格で(笑)

 

就職活動でも、「海外」は重要なキーワードでした。海外支援を行う政府系機関や出版社を数社受けましたが、政府系は肌に合わなくて・・・(笑)結局、海外情報誌の編集部門をもつ、大手英会話学校へ入社しました。その会社では入社時期をずらすことができたので、その間色々な経験ができるのも魅力でした。実際に、大学卒業後半年間はニュージーランドで日本語教師をしたんですよ。

 

入社後は、憧れの編集の仕事に抜擢してもらえるよう、とにかく頑張りました。大阪から単身上京し、営業の仕事にまい進する日々でしたね。会社自体も若かったので、親の死に目にも会えないくらい働くのが当たり前。頑張って、頑張って、入社して半年後にはチームリーダーに抜擢されました。

すごい(笑)目標が決まれば、とことん頑張る方なんですね。

そうですね、英会話学校の営業自体は、生徒さんの英語力の向上を間近で見られて楽しかったんですよ。でも一方で、目標だった雑誌の廃刊が決まり結局は編集の部署に携われなかったことなど、会社員の仕事というものに完全には納得できないこともありました。また、半年を過ぎたあたりで、あまりの激務がたたり、パニック障害を患いました。それからも、頑張らないと、の一心で、通院しながら働き続けていたのですが、ある日会社で全身がブルブル震えて倒れてしまったんです。最終的にはドクターストップがかかり、その会社は入社一年半で退職することになりました。

病気との闘いが大きな転機だったのですね。

知り合いのいない東京にひとり、家族にも会社員がいなくて。今思えば手段はあって助けてもらえたはずなのに、当時は何も知らなかったんです。つい仕事を頑張ってしまう性格との葛藤もありました。

 

退職し、いくつか仕事のお誘いがあった中で、自宅でできる美容・健康の分野を選んだのは「少しでも気持ちがラクになるんだったら」というくらいの思い。また、会社員として組織に入ると、真面目だからまた同じように頑張ってしまう。ホーム・エステティシャンとして、自分のペースでやっていける仕事に魅力を感じての選択でした。

 

また、そのときは自分にとって本当に重要な軸が何かについても、振り返る良いタイミングでした。そこで、私にとっては、「なに」をするかではなく、「どういうライフスタイル」かが重要だったんだと気付きました。子供を産んでも仕事を続けたいと考えたとき、自分が時間や収入をマネジメントできることが大切。その面からみても、マイペースでやっていけるこの仕事がいいと心から思えたんですね。

会社勤めをやめて、ひとり立ちすることへの不安は無かったのですか?

もちろん、不安でしたよ!(笑)会社を辞めること自体、当時の私からすれば大決断でしたし。独立してからも、経営が軌道にのらず、アルバイトと掛け持ちしている時期もありました。それくらい大変でも、会社員には戻りたくなかったんです。当時の自分を支えていたのは、自分自身で納得できないまま辞めるのは嫌だ、というその一心でした。

 

納得いく人生・ライフスタイルを実現するためには、何でもしてやろうと思えたことで、変なプライドを捨てることも学びました。初めはお金を稼ぐことにも抵抗があったくらいでしたから。また当時は、人見知りで無愛想だったので、それを治そうと、コンビニの店員さんや宅配便の方と仲良くなるトレーニングをしたり(笑)そのうちに、自分を好きになって通ってくださるお客様が徐々に増えてきましたね。

 

周りの人に支えられたのもとても大きかった。それもあって今は、女性の自立を支援する側にまわる、という次の夢ができました。独立にチャレンジするのを迷っている人がいれば、勿論応援します。独立のノウハウも含めて、できる限りのサポートをしたい。ただし、必ず「あなたが強くないと、できないよ」とも伝えると思いますね(笑)

 

(2011年10月 インタビュアー 高坂 春菜)

 

カテゴリー:代表取締役/代表

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