株式会社リコー グループ技術開発本部

三宮俊 Suguru Sangu


90年旭川東高卒業後、室蘭工業大学へ入学。電気電子工学を専攻。94年北海道大学大学院工学研究科(電子工学/電子情報工学専攻)へ進学。99年同博士過程修了後、科学技術振興事業団(現 科学技術振興機構)ERATOプロジェクトに就職。近接場光学なる領域で約5年間の理論研究に従事。プロジェクト終了後、02年10月リコーに中途入社。中央研究所にて、新規事業創造を目指し奮闘中。

スケジュール

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大島郁人 Fumito Oshima

2007年に旭川東高校を卒業し、東京大学理科一類に入学。高校生の頃から、社会基盤を支える「素材」に興

田中紀恵 Norie Tanaka

留萌市生まれ。旭川東高校に入学と同時に親元を離れ下宿生活をスタート。高校3年時に理系から文系へ変更を

松木琴未 Kotomi Matsuki

2003年東高入学。その年の8月から旭川市の姉妹都市米国ブルーミントンへ一年間の留学を経験。2007

高校時代について、教えてください。進路については、何を考えていましたか。

小学校から大学までは、ずっと野球に熱中していました。高校時代は、人生設計については何もしていなかったです。将来何をしたいかもハッキリしていなかったですね。

 

数学や物理が得意で、2、3年時は男子ばかりの理系クラス。道内の大学への進学しか頭になく、北大、室工、北見工大のどれかという感じでした。周囲から浪人は反対され、室工へ進学しました。

北大大学院への進学は、どのように決めたのですか?

室工では、学ぶことがすごく楽しいと思っていましたし、学年の半数以上が大学院へ進学する環境だったこともあって、大学を卒業してすぐ就職することは、全く考えていませんでした。将来は、研究室の先輩達と同じように、電機メーカーに就職するのかな・・と漠然と考えていた程度。たまたま学部時代の成績が良く、北大の大学院を受験しました。

 

北大では、光学分野で有名な研究室に入りました。北大は、実践志向の室工に比べて、研究志向が非常に強いと感じました。授業の質が高く、最初から北大で学びたかったと思ったくらいですよ。それは室工にいた当時は気づかなかったこと、比較して初めて分かったことでした。

 

その研究室では、独創性が重んじられていました。最近の大学の研究は、流行の分野へ偏りがちですが、そういうことは全くありませんでしたね。今、仕事をしていても、これまで世の中になかったことを自分がやったということに価値を感じるのは、北大で培った感覚がベースになっていると思います。

 

北大の研究室は、工学部とは独立した研究所に所属しており、少数の院生は研究者として扱われる存在でした。自発的に研究を進めていける環境が、とても楽しくて。2年が経ち、修士課程(博士課程前期)を終えるときには、就職も視野に入れて検討しましたが、この環境で研究をしていきたいとの思いが強く、これから研究職として生きていこうと決めました。

学部も含めると9年間の研究生活ですね!

野球と同じ。自分のやりたいことには没頭できるんです(笑)

大学院卒業後に携わったというERATOプロジェクトについて教えてください。

ERATO(戦略的創造研究推進事業)は、当時は文科省系列の特殊法人科学技術振興事業団の管轄する、日本の科学技術、特に基礎的な研究を充実させることを目標としたプロジェクトでした(現在は独立行政法人科学技術振興機構)。1年で4件ほどの新規プロジェクトに着手し、一つのプロジェクトを一チームで担当する体制でした。近接場光学の権威である、東工大(現東大)の大津教授のもとで、局在フォトンプロジェクトという光ナノテクに関する研究をすることに。もともと北大で専門にしていたのも光学でしたが、従来の光技術のさらなる限界領域に挑戦する研究でした。その技術の一端が光DiskやBlu-rayに使われているというとイメージが湧きやすいかな。

 

それからの約5年は、非常に恵まれた環境で研究に没頭しました。ちょうど、プロジェクトが終了するタイミングで、ご縁があり、リコーへ転職。研究成果が世の中で広く使われるモノとして出て行く、そういう研究をしようという意識もあり、新規事業を立ち上げる技術基盤を作る研究を担うことになりました。

やはり企業の研究開発も、それまでの研究に通じるものがありましたか。

一口に研究と言っても、一般企業と大学とでは研究のスタイルや求められる成果が全く異なります。それまで携わってきた学術的研究は、最先端の技術を扱うもの。企業は決められた期間に利益を生み出すことを求められますから、自然と役に立つ技術に焦点があたりますね。社風もあるとは思いますが、奇抜なことは求められません。

 

ただしその中でも、新規事業開発というのは、モノにならない研究も必然的に多い分野。既存製品の研究開発と比較すると、やや特殊な環境だと思います。ここ数年で、社会の流れも手伝い、既存製品がうまくいっているだけではだめだという意識が、組織としても自分としても強くなってきました。新しい市場を創造して顧客を獲得していくことが、求められるようになってきた。スタンスが、はっきりと変わりましたね。自分の研究所がフューチャーされることで、やりがいも勿論大きくなったけど、プレッシャーもね・・(笑)

職場環境について、もう少し詳しく教えてください。

基本的には朝から晩まで研究開発に没頭していますよ。関連する打ち合わせや雑務が4割くらいかな。研究開発活動のうち、自分の主テーマに当てられる時間は、実は6割くらい。その他は他のテーマの支援や学会等へのご奉仕などに割かれてしまいます。ついつい頼まれると断れずに、学会誌の編集や、産業界向けの雑誌、専門書の執筆などもしていますから。

 

勿論それらの活動をするのは、会社での研究を終えてから。執筆が終わるのが明け方ということもあります。ご奉仕の割には、大変です(笑)ですが、社外の研究機関や大学と結びつきが強いのは、自分の武器。それも学術分野での研究者というバックグラウンドがあるからなんですよね。

最後に、東高生へのメッセージをお願いします。

人に使われないように、なってほしいです。そのためには、先ず自分のやりたいことを見つけ出すこと。そしてやりたいことをやり続けるために、自分の頭で考えること。やりたいことのベースになる技術、経験、人脈を身につけることが重要で、学歴は関係ないと思っています。

 

(2012年1月 インタビュアー 高坂春菜)

 

カテゴリー:会社員,独立行政法人職員

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