株式会社ポニーキャニオン 総務人事部

盛田洋 Hiroshi Morita


1983年旭川東高校卒業。大学卒業後、エンターテイメントソフト会社のポニーキャニオンに就職。就職後は、営業、ヴァージンやディズニー等の海外レーベル担当、音楽ディレクター、ネット配信と多様な部署を渡り歩く。現在は総務人事におり、各種セミナーで学生への就活アドバイスなどをしているが、前の部署では映像配信の特許を取得する等、幅広い分野での仕事に取り組む。趣味はバンド活動で現在もバンド継続中。

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大島郁人 Fumito Oshima

2007年に旭川東高校を卒業し、東京大学理科一類に入学。高校生の頃から、社会基盤を支える「素材」に興

田中紀恵 Norie Tanaka

留萌市生まれ。旭川東高校に入学と同時に親元を離れ下宿生活をスタート。高校3年時に理系から文系へ変更を

松木琴未 Kotomi Matsuki

2003年東高入学。その年の8月から旭川市の姉妹都市米国ブルーミントンへ一年間の留学を経験。2007

まずは高校時代、大学時代の様子を教えてください。

高校時代は天文部で、望遠鏡を持っていって東旭川のたんぼのあぜ道から、天体観測をしたりしていました。この頃は、将来は天文学者になりたいと思っていました。音楽の関係では、ギターもやっていて、学校祭でも歌いました。

 

大学に入ると、天文より音楽の比重が高まりましたね。バンド活動を4年間していました。あと当時、学者は大変だとか、手に職があった方がいいとか、そういう話もあって、理学部ではなく工学部へ進みました。音楽に熱心なあまり、勉強不足で、理学部に入れなかったということもありますが(笑)

工学部というと、あまり今の仕事とは関係がなさそうですが…

当時、工学部に入った周りの人達は、研究室からメーカーにそのまま就職していくという時代でした。それが嫌だった訳ではないのだけれど、自分自身が音楽をやっていたこともあり、音楽関係の仕事ができないかと思って、文系の学生と同じように就職活動をしてみることにしました。音楽業界は当時も倍率が高く、難しいと思っていたんですけれど、うまくいって…こういうのは、相性の問題なので、倍率が高くてもチャレンジしてみるといいと思います。

 

就職活動では、最初はテレビ局を受けていて、音楽番組の制作がしたいと言っていたんだけれど、テレビ局の人事部長に、「直接、音楽を制作する会社のほうがいいんじゃないか」と言われて、そういう道もあるかと。そして、今の会社の面接を受けて、採用されました。やはり実際に働いている人のアドバイスを聞くというのは、良いヒントになると思います。

音楽の仕事をしたいと思った理由は。

バンドをやっていたこともあります。また当時は、コンピュータが出始めた頃でしたが、コンピュータは使う人の考えていることを表現する道具ではあるけれど、使う人の考えていること以上のものはできない。でも、音楽は他の人と一緒にやることで、自分が考えている以上のものができる、想像がつかないようなものに発展することがあって、それに魅力を感じました。

入社してから印象に残っている経験はありますか?

そうですね、結構、やりたいことをやらせてもらっていて、サラリーマンとしては恵まれていたかなと思います。音楽を制作するというディレクターの仕事がしたくて、目の前の仕事をやりながら、「音楽制作をやりたい」と、言ってましてね。そしたら上司が、その部門に移れるように、話をしてくれて、その仕事につくことができました。

 

また、その後、新人アーティストの発掘をやりたいと思っていたときも、当時はそういう専門の部署がなくて、私が言ってたからというわけではないのですが、そうしたチームができることになったときに、話をいただけて、社内公募の面接を通って、そのチームに入ることができました。

 

やろうとすれば、近づくんですよね。そこで、一歩踏み出して、チャンスにトライすることが必要になります。あとは、仲間内でぐちっていてもしょうがないので、オープンに相談できる人を作ることが大切です。

 

親戚の伯父さんの言葉なのですが、「人生にチャンスが2回は来る」と。そのチャンスをつかめるかどうかで人生が変わると。チャンスだと思ったときには、迷わずチャレンジすることが大切で、たとえ失敗しても、その失敗は財産になりますから。20代のうちは大きな失敗をしたほうがいい。失敗しようと思って失敗する必要ないけれど、それはそれだけ大きなチャレンジをしたということの裏返しですから。

 

自分も音楽制作していた時に、すべてがヒットするわけではないので、悩んでいた頃があって、そのときに本で読んだのが、会社を銀行だと思えという話です。音楽制作で考えれば、会社が銀行なら、自分はインディーズレーベルを経営していると。会社から借りたお金はトータルで利子をつけて返せればいいわけで、すべてが成功しなくてもいいわけです。そう考えると、目の前のことに一喜一憂せず、自分がいいと思ったようにやる余裕ができました。

 

仕事を通じて実現したいことというのは、どのように形成されたのでしょうか?

最初はさっき言ったように「音楽制作をしたい」から「音楽ディレクターになりたい」と思っていたんですよね。それが10年目ぐらいで音楽ディレクターになったわけです。けれど、それで目標達成ではないんですよね。結局、どの部署や役職などになるかではなくて、具体的に何をすることが目標なのかが重要だと思ったんです。そういう最終目標が確立されてさえいれば、どんな部署でもそれに向かっていくことは可能で、例えば今は人事などをやっていますが、それは新しいクリエイターを育成するためという自分のゴール達成のため、会社全体の環境整備だったり、他の人が実際の仕事をして、結果的に達成に向けて進めることになるわけです。最終的なゴールさえ見失わなければ、そこに向かっていくことができます。

 

自分の場合は、入社後10年ぐらい経って、最終目標がみえてきた感じがしますが、それをみつけるためには、先輩の話を聞いたり、本を読んだり、先人の経験が役に立つと思います。

仕事以外での生活は充実していますか。

今もバンド活動は続けています。定年になれば、一日中ギターを弾いて暮らしたいですね。今はそういうわけにはいかないので、楽しいことを少し我慢して、仕事をしなければならないときもあります。

最後に、今の東高生にメッセージをお願いします。

社会に出ると、どうしても楽しいことを後回しにしたり、我慢しなきゃいけないこともあります。晴れた日には、仕事よりもプールに行きたいですし(笑)勉強でも同じですが、オンとオフの切替を自分でコントロールできるようになるといいと思います。

 

(2011年8月 インタビュアー越政樹)

 

カテゴリー:会社員

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