MOVE-Medizinsches Therapiezentrum Innenstadt Hamburg GmbH・理学療法士

櫨山太郎 Taro Hazeyama


2003年旭川東高校卒業。一年間の浪人を経て、筑波大学体育専門学群入学。2008年3月大学卒業後すぐに渡独し語学学校を経て、翌年9月よりGrone Schule Hamburg入学。2012年9月ドイツ連邦共和国認定理学療法士の資格を取得。現在、整形・外科中心のリハビリ・外来治療で理学療法士として活動する傍ら、高校から続けているハンドボールで地元クラブチームのプレーヤーとしても活躍中。

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櫨山太郎 Taro Hazeyama

2003年旭川東高校卒業。一年間の浪人を経て、筑波大学体育専門学群入学。2008年3月大学卒業後すぐ

鈴木 直己 Naoki Suzuki

1977年旭川東高卒。1983年旭川医科大学を卒業し同大附属病院で1年間の小児科臨床研修後、1984

木佐(大場)優葉      Yuha Kisa (Oba)

2003年3月旭川東高校卒業、同年4月に北海道大学医学部医学科入学。2009年3月同校卒業、医師免許

大学卒業後ドイツで理学療法の専門職養成校に。その動機はなんでしたか?

大学は、ハンドボールのチームが強くて、且つスポーツ医学のプログラムがある筑波大学を選びました。大学1年生の頃、当時の4年生でスポーツ医学研究室に所属していた方がドイツに渡ったのを見て、こういう道もあるんだな、と思いました。

 

大学3年生の頃には理学療法士の資格取得を考えていました。もともとスポーツトレーナーになりたいと思っていたのですが、狭き門なので、もしトレーナーになれなくても、理学療法士の資格があれば食べて行けるなと。ドイツの資格は日本でも使えますし。日本で理学療法の学校に通う選択肢も勿論ありましたが、センター試験が受験資格になっていることや費用がネックでした。ドイツは学費がかからないので。加えて、ドイツのプログラムは3年で修了できる。ドイツはハンドボールの本場でもありますし、一石二鳥だな、と。行ったらなんか楽しいんじゃないか、みたいな(笑)

 

渡独は、先輩の前例があったので、現実的な選択肢として捉えていましたね。やればできる、と。もともと海外に行ってみたい、いつかは行くだろうなあとは思っていたのですが、やりたいことが海外でできる、それなら行こうと。

なぜスポーツトレーナーを目指されたのですか?

自身がスポーツをしてきた経験によるところが大きいですね。僕は高校からハンドボールを始めて、すっかりハンドボールと言うスポーツに魅了され、今も地元のクラブチームに所属して現役で続けています。活動を続ける中で、自分が怪我をしたことで満足いく治療を受けることの重要性を感じたし、チームメイトが怪我で離脱したのを見てすごくもったいないことだと思いました。

 

大学2年の頃には、大学の体育会ハンドボール部で半分選手、半分トレーナーと言う立場に。日本トップクラスの環境でプレーヤーも続けたかったし、一方でプロのトレーナーの仕事を近くで見られるのは面白そうだと思ったんですよね。

現在、理学療法士として活動されていかがですか?

最初の職場は介護寄りで、お年寄りの患者さんの話を聞くのは楽しかった(笑)スポーツ選手相手と一番違うのは、目標が異なること。患者さんのモチベーションも大きく違います。諦めの気持ちとどう対峙して行くか、という難しさがあった。その部分をコントロールしながら、というのが挑戦だったんですよね。

 

その後、予防・リハビリ中心の治療院に転職し、業務内容としてはスポーツトレーナーに一歩近づきました。短時間で多くのエクササイズから効果的で且つ患者さんの生活に合わせたものを選び、更に患者さんの納得のいくように実施しなければいけません。要求は高くなったけど、その分楽しくやっています。

 

今は残業がほとんどないので、その時間をアクティブに使えます。その時間でプレーヤーとして活動できますし。あと2〜3年はプレーヤーを続けたい。その間資格を少しずつとりながら、チャンスがあれば3年後くらいにスポーツクラブでトレーナーになれたらいいなあと。

 

スポーツ現場でのプロのトレーナーは全く環境が異なるんです。商品であるスポーツ選手には、身体的な面で活躍できる期限がある。その間にしっかりと戦力にしていかないといけない。失敗するとその芽を潰してしまいますから。治療するにも期限があります。寝る暇のないほど忙しい生活を送ることになるんですよね。

 

厳しい環境ですが、日本人でもブンデスリーガやドイツ・日本フィギュアスケート代表のトレーナーとして活躍している方がいるので、センスとやる気次第でそのチャンスを掴めるんだなあと思っています。

 

トレーナーには動きを視るセンスが必須。選手の動きの質をみて状態を理解する感覚ですね。ここに自分が選手を続けている意味があると思っています。自分が選手の立場を理解できれば、選手と信頼関係を築きやすいし、自分のやりたいことが伝わりやすいと思うんですよね。音楽をやったことがない人に音楽を教わるのは難しいし、その逆も然りじゃないですか。結果的に自分の力を発揮しやすい環境にしやすい。

海外で生活することの良さと難しさを教えて下さい。

ドイツに来てすごく感じるのは、仕事だけが人生じゃないということ。個人的な見方ですが、日本だと職業で成功する、つまり昇進したり年収が上がったりということがキャリアアップと捉えられるように思いますが、ここでは私生活も含めて自分でやりたいことを実現することがキャリアアップの目標。仕事はその手段の一つでしかない。職種にもよるし仕事が趣味の人は勿論いますが、必ずしも第一線で働くことだけに捉われず、家族といる時間や趣味の時間を確保できるように働き方を変える人も多くいる。特にこの仕事に関する価値観は海外に来てすごく変わったし、おかげで自然体で考えられるようになった。これは日本を出ないと気づかなかったと思います。

 

しがらみも少なく、場所や今の職種にとらわれず、思いついたことをやってしまう人も多い。週25〜30時間のバイトで食いつないでいる人、夏に働いて冬に旅行している人、様々です。30歳まで学生をやるのも普通で、その間に色々やってみて適職を探すんですよね。就職してからもそういうマインドで、同僚も2ヶ月で辞めてしまいました(笑)合わなければ辞めれば良い、嫌々やるよりもプラスだと言う考え方なんですね。ドライだなと思うこともあるけどそれが良くもありますね。

 

ドイツ語はまだたまにハンディキャップを感じることがあります。ただ話さないとやる気がないと見られるので、自分から発信しアピールすることが重要になります。相手から気づいてくれると言うことが少ないんですよね。

 

また未だに差別に鈍感だなと感じることもあります。いちいち怒っていてもキリがないし、よっぽどでなければ言い返したりはしませんが。

海外から日本を見てどう思いますか。

日本人は統一的な価値観を共有していて、意思の疎通が楽だし、まとまりや一体感が生まれやすい。一方、周りの目を気にするからか、選択の幅は少ないと思います。

 

ただ久しぶりに日本に帰って、やはり日本は素晴らしい国だと思いました(笑)日本食は美味しい、何事も滞りなく進む、客商売が丁寧。モノを一つ買うにしても嫌な思いをすることがないですもんね。

 

でも、海外でラクに感じるってことは、海外での暮らしが合っているのかな。僕の場合、やりたいことをずっとやっていると、時々で開かれている扉があった。それがたまたま海外だったんですが、自分の価値観を大きく広げてくれた場所だと思います。

 

(2014年7月 インタビュアー 高坂春菜)

 

カテゴリー:医療系専門職

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