東レ株式会社

大島郁人 Fumito Oshima


2007年に旭川東高校を卒業し、東京大学理科一類に入学。高校生の頃から、社会基盤を支える「素材」に興味を持っており、工学部マテリアル工学科へ進学、2013年に大学院修士課程を修了。自分が一番面白いと思う「素材」に携わりたいという考えのもと進路選択を行い、現在は東レ株式会社で炭素繊維複合材料の技術開発に従事。

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大島郁人 Fumito Oshima

2007年に旭川東高校を卒業し、東京大学理科一類に入学。高校生の頃から、社会基盤を支える「素材」に興

田中紀恵 Norie Tanaka

留萌市生まれ。旭川東高校に入学と同時に親元を離れ下宿生活をスタート。高校3年時に理系から文系へ変更を

松木琴未 Kotomi Matsuki

2003年東高入学。その年の8月から旭川市の姉妹都市米国ブルーミントンへ一年間の留学を経験。2007

高校時代から一貫して工学系に興味があったそうですね。

僕は幼い頃から医者である父の背中を見て育ちました。自分自身の進路として医学を目指そうとは思わなかったんですが、医者は人を助ける素晴らしい仕事だと思っていました。だから自分も興味がある分野で、社会貢献したいなと。

 

僕が高校生だった当時は、温暖化やオゾン層破壊といった環境問題が時事問題として大きく取り扱われていたんですよね。自然と興味を持ち、インターネットや進路講演会を通じて色々と調べるうちに、青色発光ダイオードやカーボンナノチューブという新素材がその解決に役立つという情報を知りました。それらは自分が好きな物理・化学の延長線上にある分野。大学ではこれを勉強しようと決めました。

なぜ環境問題に強く興味をひかれたのですか?

メディアを通じて知る京都議定書のようなトピックに加えて、日々の暮らしからも気候変動が大きくなって来ている実感がありました。特に旭川にいたことで、変化を敏感に感じていたこともあるかもしれません。日本で一番寒い都市としての記録を持っているような地域ですけど、冬の最低気温が年々上がっているのを肌で感じていた。僕にとって、環境問題は身近で解決しないといけない問題なんですよね。

当時から将来メーカーで技術者にという思いはあったのですか。

具体的な職業までには至っていませんでしたが、一般の消費者に近い場所で働きたいという思いがあったので、当時から研究者の道よりは企業で働く方がイメージに近いと思っていたと思います。

 

僕にとっては、成果が自分の目に見えるということが大切。もともと化学も、実験で薬品を混ぜると色が変わる、といった、目に見える変化を経験できるのが好きでした。反対にプログラムやソフトウェア、最終製品の中に埋め込まれる半導体製品等は、凄さは理解できるけれど、僕にとっては昔からそこまで興味を惹かれなかったですね。

東大を目指したきっかけを教えて下さい。

素材を学ぶ、という目標が出来たところで、その分野で有名な東大(理Ⅰ類)、東北大、東工大に絞りました。東大はずっと気になっていて、高校2年生の夏に、一人でオープンキャンパスに行きました。そこでマテリアル工学科の3コースのうち環境・基盤マテリアルコースが自分のやりたいことにピッタリだと知り、東大で学ぶと言うことが現実味を帯びました。

 

それからは同じく東大を目指す仲間と、すごく良い雰囲気で一緒に勉強を頑張れて。特にストレスを感じることもなかったです。結果その年は現役で5人合格しました。

進路以外で熱中していたことはありますか?

卓球部で部長をやっていましたし、行事も好きでした!クラスで中心になって盛り上がっているようなタイプでした。

 

卓球は大学に入ってからも続けて、新しくクラシックギターも始めました。勉強とサークルで充実した日々でした。

 

3年生になると学部の選択があるので、今度は研究室レベルで研究内容を調べました。ゆくゆくは修士過程を経てメーカーにと考えていたので、大学の研究はその時にしか出来ない内容にしたいと思って、面白いと感じた最先端技術を扱える研究室を選びました。

修士を経て、東レ株式会社に入社を決めたきっかけを教えて下さい。

就職活動を始めるにあたって、自分がこれからどの製品分野を仕事としてやっていくか考えたのですが、素材の中でも複合材料が面白いと感じました。

 

複合材料の強みは、端的に表現すると、強くて軽いものが作れることです。例えば炭素繊維を使うことで、乗り物の質量が少なくて済む、そうすると消費燃料が少なくて済むことから、環境に優しい素材だと言えるんですよね。素材の分野は最終消費者から見て馴染みのないことが多いけれど、複合材料はスケールが大きい製品に適用可能で、成果が目に見える。

 

東レはその市場でトップシェアを持つ会社。本格的に世に出始めてからまだ日が浅い製品のため、市場全体もまだまだ成長途中。そうしたダイナミックな環境で働きたいと思いました。

 

就職活動自体は大学院に進まない学生と同じプロセスでしたよ。就職サイトに登録して、合同説明会や個社説明会に足を運んで、様々な会社の話を聞きました。その中で、東レの社会貢献に対する姿勢についても知ることが出来た。社風として、社会貢献の意識が強く、技術を使って環境にいいものを作ることを押し出している、その考え方に共鳴したことも志望動機の一つです。

 

内定を戴いてからは、修士での研究を悔いなくやることに専念しました。その一貫で、UCバークレーやスタンフォード大学といった、世界でもトップレベルの大学を見学させてもらえたり、海外の学会で発表する経験も積むことができました。

海外に出ることを意識することはありますか?

いずれは海外の仕事を任せられるようになりたいと思っています。特にメーカーは、生産拠点を海外におくケースも多いので、海外拠点の生産管理、拠点立上げのサポート、海外のお客様向けの技術開発など、挑戦できることは多くあります。

 

特に、現在は炭素繊維複合材料の技術開発をしていて、日本の技術優位性を今後も維持していきたいと感じています。海外の競合環境から、このまま同じようにやっていてはそれが難しいと言うこともひしひしと感じています。グローバルで見て力をつけて来ている競合他社からも学ぶことが多くあると思いますし、個人的に技術だけでなく市場経済環境にもアンテナを張るようにしています。

やりがいを感じること、今後達成したいことを教えて下さい。

やはり僕は、目に見える成果を挙げられたときが一番やりがいを感じます。最終製品の効率化に繋がる部分を担当した案件では、自分の研究成果がどれだけの効率改善に結びついたかが数字になって表れて、それが本当に嬉しかった。

 

今後は複合材料がもう少し一般に出回るようにするにはどうしたらいいかに取り組みたいですね。そのためには製造コストの削減や、加工しやすさ・リサイクルしやすさを改良する必要がある。そうしたことに貢献できる技術開発ができれば良いなと思います。

東高の後輩にメッセージをお願いします!

高校生のときの自分は、今と違って世の中の広さに気づいていなかったと思います。どんな仕事が世の中にあるか、全然知らなかった。今は昔と比べて、情報を検索することがすごく簡単になったと思うんです。だから自分から興味のあることを調べる、誰かにコンタクトするということを厭わずにやってほしいなと思います。

 

自分から色々情報を集めて、ポジティブな形で選んでいってほしい。消去法ではなく、これをやりたい、これを学びたいという気持ちが先にあったらいいなと思います。

「やりたいことがわからない」高校生にはどうアドバイスしますか?

僕は身近で話題のトピックの中から、自分の関心のあることを調べていました。確か、進路指導室で小論文対策か何かで、新聞の切り抜きを見られたはず。そういうものに目を通していましたね。そこから今問題になっていることの背景や解決方法に考えを巡らせて…そうして今に至っています。

 

あと、進路選択に関して、僕の場合は、身近に自分の将来について自分より考えている友達がいた。この影響は大きかったと思います。また、父の医者という職業に対する良いイメージが大きかったので、わざわざ違う職業を選ぶなら、しっかり考えて自分自身を納得させたいというのはあったかもしれないですね。

 

地元から離れて暮らす今でも、時々父と仕事について話すんですよ。父はニュートンを読んでいるような人間で、研究に対する意義も理解してくれている。技術者としてしっかりやっている姿を見せたいと思います。仕事については勿論色々考えることもありますが、父に対しては少しいいカッコしたいと思ってしまうものですね。

 

(2015年4月 インタビュアー 高坂春菜)

 

カテゴリー:会社員

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