旭川市長

西川将人 Masahito Nishikawa


東高37期。平成5年、北海道大学工学部を卒業し、日本航空に入社。国際線の乗務員として勤務。平成11年、30歳という節目の年に故郷・旭川で政治家となることを目指し、日本航空を退職して帰郷。平成18年11月の旭川市長選挙で当選し、現在3期目を務める。

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西川将人 Masahito Nishikawa

東高37期。平成5年、北海道大学工学部を卒業し、日本航空に入社。国際線の乗務員として勤務。平成11年

最初の進路としてパイロットを選ばれたのはどのような背景があったのですか。

パイロットは昔からの夢でした。小学校の卒業文集にも、「政治家・パイロット・自衛官」になりたいと書いていましてね。当時は勿論、男らしい職業に対する漠然とした憧れだった。ただその後もずっとそれらの職業には関心を持ち続けていました。

 

特に私は戦闘機パイロットへの憧れが大変強く、防衛大学校を受験したのですが、迷いに迷った結果、北大の工学部へ進学しました。

 

大学でも当然進路については思いを巡らせたのですが、ヨット部の一つ上の先輩がパイロットの訓練生になったことで、パイロットという職業が現実味を帯びたものに感じられました。ただ当時から政治家になりたいとも思っていましてね。国会議員の秘書になることも考えていました。ですが政治の道に進むなら社会経験を積んでからの方が良いのではないかと思い、日本航空へ入社することを決めました。

30歳を機に政治家を志される訳ですが、何かきっかけがあったのでしょうか。

日本航空入社後は米国カリフォルニア州ナパの訓練所で2年間を過ごし、国際線のパイロットとして勤務していました。28歳頃から東京に住み、パイロットの仕事の傍ら、政治の活動に参加したり講演会に顔を出していたんですよね。この先政治家という夢を実現するなら、今が決断の時だと思いました。

 

親には大変反対されました。私は身内に政治家がいるわけでもないし、当時は勿論知名度も無い。両親からすれば、それで選挙に出るなんて、大変さをわかっていないだろうという思いだったんだろうと思います。大学時代の仲間にも引き留められましたね。帰郷はそれらを振り切っての決断でした。

それほどまでに政治家という職業に対して思い入れを深めたのにはなぜですか。

私にとって政治家は小さい頃からの憧れ。これというきっかけがあった訳ではないんです。物心ついた頃の総理大臣が田中角栄で、日中国交回復等を実現した時代です。彼を通してみる政治は、大変ダイナミックに見えました。舞台が大きく、社会にもたらす影響も大きい。言動に伴う責任も大きく難しいけれども、やりがいのある仕事だと思いましたね。

 

そこで門を叩いたのは小沢一郎先生のところ。自民党時代に田中角栄の7奉行と呼ばれ、自民党幹事長や民主党代表を歴任された方ですね。小沢先生は、大変優しく、笑顔も良い方で、政治家としての政策や信条が揺るがず、こうと決めたら突き進む、そういった方でした。

政治家として必要な資質はそうしたリーダーシップなのでしょうか。

思いやりと決断力とバランスが重要だと考えています。勿論一度方針を決めてからの実行力は必要です。但しその前に、人の意見をしっかりと聞くフェーズがあるんですね。多くの人に会い、様々な話を聞くことで、大多数の人が欲していることは何か、真実・真理が何かを見極めていく。誰々が言っているからということではなくてね。そうして初めて、皆さんの声をまちづくりに反映して形にして行くことが出来る。それが政治家の醍醐味でもあります。

現在取組まれている業務について教えて下さい。

市議会や庁内外の会議に加えて、様々な行事や都市へ出向き、或いはお客様をお迎えするなどして、多くの方の意見を伺い、更に旭川市長としての意見を表明する機会があります。企業誘致等へ向けたトップセールスや国内外の姉妹友好都市との交流に至るまで、幅広い業務を担っており、都度優先度を考慮して対応しています。

現在3期目を担われていますが、これまでのお仕事で特に印象に残っていることは何ですか。

小さなことは色々とあるのですが、政治家として大きな達成感を持つには至っていません。市民の皆様に幸せを感じ、夢を持ってもらうために、私は政治家としてまだまだやらなければならないことがあると思っています。

今後の旭川ひいては日本を担って行く世代にメッセージをお願いします。

いつ転機が訪れるかは人それぞれ。それがいつかは分かりませんが、誰しも大きな判断をするときが人生のうちに何度もやって来ます。その時に、自分自身の中で小さな成功体験を積み重ねていることが役に立つ。だから、色々なものに関心を持ち、目の前にあることや今しか経験できないことを一生懸命やってほしい。目標に向かい、試練を学ぶこと。それが大切だと思います。

 

特に次世代を担う皆さんには、これまでとは違った苦労があると思います。ですが旭川で生まれ育ったことに自信を持って頑張ってほしい。そうすればきっと人生を切り拓いて行けることと思います。世界とふるさと、その両方に目を向けて、愛情や優しさも見失うこと無くいてほしいですね。

 

(2015年9月 インタビュアー 高坂春菜)

カテゴリー:政治家

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